6月23日 朝ごとの恵み


旧約聖書 哀歌3章22節〜32節
哀歌の背景には,ユダの民がバビロンへ連れて行かれ,エルサレムが陥落したことに対して,その悲哀,悲しみがあります.そして,そのエルサレム陥落の主たる原因は,神への背信の罪であるということを自覚し,その効果を詩に表しています.人間は,後になってから,ああすれば良かったと考え,気付くことが多く,後悔の念を持つ私たちにとって過ぎてしまったことに対して全く無力であることを思わされます.しかし,この哀歌の中には,悲哀に満ちていながらも,もう一つ輝いて言われていることは,「私たちが滅びうせなかったのは,主の恵みによる.主のあわれみは尽きないからだ.それは朝ごとに新しい」(22-23)とある,主なる神にある新しさということです.新しい歩みは神にあって始まるのです.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です