6月13日 教会における長老の働き

テモテへの第一の手紙5章17節~25節

長老と呼ばれている人は,今日的に言えば,監督,牧師にあたる人のことを指していると言えます.基本的には「長老は2倍の尊敬を受けるにふさわしいとしなさい」(17)と勧められています.しかし,同時に「長老に対する訴えは,2人か3人の証人がいなければ受理してはいけません.罪を犯している者をすべての人の前で責めなさい」(19-20)とあり,その行動には重要な責任が伴うと言われています.神様には絶対はあっても,いかに長老であっても人には人には絶対ということはないのであって,やはり欠けがあるというのも事実です.尊敬をはらうことは,主の愛に根ざしてこそ有益であり,立場はどうであれ,互いに愛し合うという土台に立って支え合うことで長老の働きも生かされることを覚えたいと思います.

(このメッセージのビデオファイルは6/20にupする予定です)

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