4月20日 涙の夜は明けて

ヨハネの福音書20章1節~18節[ビデオメッセージは⇒こちら

十字架刑に処せられたイエスは、安息日が始まろうとしている時でもあったので、簡易的な埋葬の手当をされて早々に墓に葬られました。
安息日が明けて、朝早くにマグダラのマリアは、丁重に埋葬をするために再び墓を訪れると、墓の入り口の石は転がされており、そこにイエスの遺体はありませんでした。
マリアは墓の外にたたずみ悲しみ泣いて墓をのぞき込むと、二人の御使いがおり、「女の方、なぜ泣いているのですか。」と問われました。「だれかが私の主を取って行きました。どこに主を置いたのか、私にはわかりません。」と答え、うしろを振り返るとイエスが立っておられました。
「イエスは彼女に言われた。『マリア。』彼女は振り向いて、ヘブル語で「ラボ二」、すなわち『先生』とイエスに言った。」(16)という些細なやり取りがマリアにとって、目の前のお方がイエスご自身であると悟ることとなりました。
続いてイエスはマリアに「わたしの兄弟たちのところに行って、『わたしは、わたしの父であり、あなたがだの父である方、わたしの神であり、あなたがたの神である方のもとに上る』と伝えなさい。」(17)と言われました。
マリアは主の復活を伝える人となり、悲しみの涙は喜びと希望へと変わっていきました。私たちもマリアのように主にある喜びに満たされて歩んで参りたいと思います。

 

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