3月22日 多くを赦されているのに
マタイの福音書18章21節~35節[ビデオメッセージは⇒こちら]
◇十二弟子のペテロは「主よ。兄弟が私に対して罪を犯した場合、何回赦すべきでしょうか。七回まででしょうか。」(21)とイエスに質問した。「七」という数字は聖書の中で完全数とも言われますが、ペテロからすれば七回も赦すということは相当な慈悲深さの表れであろうと思いつつ言ったのかもしれない。しかし、この他愛もない質問が、実は後にペテロが主イエスを三度知らないと拒絶することによつて、計らずも、神様の深い取り扱いを受けることにつながったとも言えます。
◇主イエスは、「わたしは七回までとは言いません。七回を七十倍するまでです。」(22)と言われ、続いて天の御国における王0清算のたとえ話をされました。ー万タラントという莫大な負債を免除された家来が、間もなく百デナリを貸していた者を捕まえて返済ずるまで牢に放り込みました。わずか百デナリを赦さず憐れみをかけなかった家来に対して、王は彼を捕らえて彼がしたのと同じように返済するまで牢に投げ込みました。多くを赦されている恵みに感謝できず、わずかな借金を赦せないという人間は、どこまでも自己中心で愚かであると思います。赦されている恵みは何にも代え難いものであり、私たちは確かな救いへと導き入れられていることを改めて覚えたいと思います。

