1月12日 最も小さい者たちの一人

マタイの福音書25章31節〜46節
キリストが再臨される時、すべての人々が御前に集められ審判を受ける。そしてどのような人たちが天国に入れられ、どのような人たちが地獄に入れられるのか、それは様々な苦難の中にある人に対してどのように対応したのかということである。しかしこれは善行による救いということではない。私たちの救いはキリストが私たちの罪を背負い十字架でいのちを捨ててくださったことを信じる信仰による救いである。しかし私たちは良い行いをするために造られており、神は私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださった(工ペソ2:8-10)。キリストは様々な苦難の中にある人とご自分を同じ存在にさる。キリストのこの地上での生涯は苦難の連続であり、キリストこそがこの世で最も小さい者になってくださった。だからキリストは苦難の中にある人のことをご理解くださり、その人に寄り添われ共におられ、その最も小さい者たちの-人とご自分を同じ存在にされる。そしてキリストは今日でも天の神としての栄光の御姿を隠して、貧しい姿、傷ついた姿で、最も小さい人たちに寄り添われ共にいてくださる。キリストは、「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。」(マタイ25:40)とお語りくださる。苦難の中にある私たちに寄り添われ共にいてくださるキリストに信頼し、私たちも苦難の中にある最も小さい人たちの一人に、その人が必要としていることをさせていただきたい。

 

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