3月23日 善を求めよ
アモス書5章9節~17節
◇アモス書5章2節~17節はキアスムス詩文構造(相互対比)を用いた預言であり、その構造から、4節「わたしを求めて生きよ」、6節「主を求めて生きよ」と、14節「善を求めよ。悪を求めるな」とが対応しており、同じことを表現をかえて繰り返し歌うことで、強調して訴えるように語っていることが伺えます。っまり、「主を求めて生きる」ことは「善を求めて生きる」ということと同じであるということです。
◇私たちはとかく、善行を奨励し、その善行の積み重ねを重視しがちです。善行を重ねることは決して間違っていることではありません。しかし、それが行き過ぎると善行そのものの意味を見失ってしまい、律法主義的で批判的な生き方となってしまう危険性があるように思います。
◇キリスト者である私たちにとってふさわしい生き方の土台は、「主を求める」つまり、主にあって行動していくということにあることを忘れてはならないということです。主イエスも「まず神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6:33)と教えています。この言葉は、私たちの善行の基盤を示すものです。
◇私たちが主を求め、主の願われていることを求めていく歩みは、善を求め行っていくことと深く通じ合っています。主の御思いを心に刻み、それを求めていくところから始まる、ふさわしい歩みへと導いて頂きたいと願います。