3月16日 わたしを求めて生きよ

アモス書5章1節~8節[ビデオメッセージは⇒こちら

アモス書5章は預言者アモスの嘆きの哀歌をもって始まっている。この嘆きの要因は、「おとめイスラエル」(2)と言われている主の民イスラエルが偶像の神々に従い、背信の罪を犯したことにありました。その結果、敵との戦いでは敗戦が続き(3)、衰退していくと預言されたのです。
「おとめイスラエル」という表現は結婚を連想させるように、神とイスラエルの親密な関係を示唆していましたが、イスラエルが神から離れていってしまつたことが悲劇の始まりであったことを物語っています。
そのようなイスラエルに対して、預言者アモスを通して示されたのは、「主を求めて生きよ。」(4、6)とのみ言葉でした。「彼らは、公正を苦よもぎに変え、正義を地に投げ捨てている。」(7)とあるように、主を捨て、公正、正義までも投げ捨ててしまっていると警告されました。
「主を求めて生きよ。」とのメッセージは、「おとめイスラエル」と呼ばれていた頃の、神との麗しい関係、親密な交わりを、再び取り戻すために、主なる神を求めていくことがすべてのことを回復させていく上で重要であることを意味していました。
今日の私たちも、まず「主を求めて生きよ。」との主からの呼びかけに応答した歩みをしていくことが出来るように祈りましよう。

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