8月17日 豊かな恵みを示すために

エペソ人への手紙2章1節~10節[ビデオメッセージは⇒こちら
パウロはエペソのクリスチャンたちに、救われる前のことを思い起こすように、「自分の背きと罪」⑴ 、「不従順の子ら中にあって、かつては自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行い、・・・生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。」(3)と語りました。それは、今日においても、神に背信の罪を重ね続ける者の姿として示されていると思います。
「しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、背きの中に死んでいた私たちを、キリストとともに生かしてくださいました。あなたがたが救われたのは恵みによるのでず。」(4〜5)とも語りました。この手紙に多用されている言葉に「恵み」という言葉があります。特に、「救い」に関して語られる時に、この言葉が繰り返し語られていることに気づかされます。
私たちはどうしても救われているということを感覚的に理解しようとすることから、何かをしなくてはならないように考えてしまいやすい者です。しかし、救いは、神が私たちを無条件に愛して下さっていることから始まる故に、ただ恵みでしかないことを知らなくてはなりません(8〜9)。こんな私をも救ってくださっていること、そのありのままの姿で、神の恵みを示していく者とならせて頂きたいと思います。

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